”ホラーシューター”という問題児 | ゲヲログ2.0

”ホラーシューター”という問題児

「SCORN」が2019年リリースを諦めた順延発表から二年が過ぎた。今回は、こういったホラーコンセプトに基づいたシューティング、すなわちホラーシューターについてあたしが日頃感じていることを述べてみようと思う。こういうゲームって”もちろんアリ”なわけだけど評価上またセールス上成功するには、バックグラウンドに難しい点があると思う…そういう点について。

もともとこういった雰囲気だけで押せ押せで行く独自路線ホラーシューターってのはあったことにはあった。古くから現在進行形のゲームも含めれば多くある。例えば、古くはダークヘルカンパニー(現アストロポート)のグロキモホラーSTGの金字塔・超傑作の「PsycheMetal The BLEEDING」があるし、Steamには高難易度ヘルマスターFPS「Devil Daggers」など地味に成功した事例もある。こういった成功例がある一方で、ポシャったゲームも数知れず。「Agony」はその代表だろう(メタスコア47…)。「Atomic Heart」がどうなるかは不透明だが、コンセプトだけのゲームって受けの良い部分をしっかり作りこまないと雰囲気だけ流れて、”あれ?これゲームだっけ?”っていう正当な評価につながりにくく、その結果売れない傾向になりがちな点があると思う。

問題なのは、その分岐点の判断が非常に難しい…ということだろう。例えば、似たようなホラーゲームに「Year Of The Ladybug」がある。これは『コンセプトアートだけでは売れない』と批判されキャンセルの帰途に立たされたが、有能なゲームクリエイターが協賛を募ってなんとか引き繋いだ事例だ。この様子をニコニコニュースはこのように伝える。

アートディレクター、コンセプトアーティストであるデイヴ・カン氏は、『Year Of The Ladybug』の動画「The Journey of Year of the Ladybug and a Big Announcement」をYouTubeにて公開。とある日本人の経験豊富なプロデューサーと接近し、ホラーゲームの計画が進行中であることを明らかにした。

動画には日本語字幕をついており、カン氏から本プロジェクトの趣旨を説明。2017年に正式に開発中止したプロジェクトだったが、本作のコンセプトアートに魅了されたファンの熱い要望もあり、『Year Of The Ladybug』プロジェクトを継続することを決意したとのこと。

<中略>

注目を集めたのは、そのアートデザイン。カン氏の才能がいかんなく発揮された、狂気的でグロテスク、奇怪ながら恐怖を感じさせるアートデザインで、世界中のホラーゲームファンから大きな反響があった。

コンセプト動画内で、カン氏は共同開発者を募っていたが、開発会社を見つけることはできず、惜しまれつつも2017年に開発中止が発表。翌年には、カン氏は本作のアートブックをクラウドファンディングを通じて販売している。このアートブックは未完、未発表に終わったゲームながら、日本でも入手した人が多くいたほどだ。

狂気のホラーゲームプロジェクト『Year Of The | ニコニコニュースより

ホラーゲームのコンテンツ性として雰囲気を作るのはたしかにすごく重要なことだろう。だが、売り手に見せた資料が一義にすべてを決めるわけではないし、一方でそれがセールスの結論を先送りしたり、予見したりできるわけでもないとあたしは考える。ホラーもののゲームってのは結末を描いてはいけない=エンディングは不透明にしておかねばならないという大原則もある(「F.E.A.R.」はそれを忠実に守って成功した)。

結論から言って、『売ってみなければ売れるかどうかはわからない』という不確実性が極めて強い分野なんだと思う。信長が桶狭間の戦いで勝つとは到底思われなかったように、ゲームのコンセプターが描くアートのようなあいまいなイメージの上に成り立つ、とらえにくいゲームそのものの評価・セール実績という数値もまた『戦場の霧』に囲まれているに過ぎない。思うに資本主義って、現代の戦争なんだよな…

周囲の空気を読むことが求められる”KYであるべきじゃない”ホラーシューターというジャンルもいまだになお、ごく当然のようにその”霧”に包まれている。

※アイキャッチ画像:MobyGamesより