【連載:クマでも読めるブックレビュー】「筑駒の研究」 | ゲヲログ2.0

【連載:クマでも読めるブックレビュー】「筑駒の研究」



なんというか、『いい学校なんだよね』で終わってる書物です。ただ、筑駒についてはこれぐらいしか本が出てない。だからソースとしては有益ではある。ただ、信ぴょう性があるのかとか細かい点を追っていくと、それほど参考にはならないと思う。学術的な意義は皆無。はっきり言って”研究”ではない。これでは”研究”とはいえないと思う。ジャーナリズムに近くて、事例集にも近い。これならばいろいろ本を構成する要素って工夫できる点があったと思う。むしろ柳田理科雄の「空想科学読本」みたいに筑駒自体をある種のネタ的に取り扱うとか、デュオゲネス・ラエルティオスの「ギリシア哲学者列伝」みたいに事例集ならばそれなりの体裁を工夫して仕込むことができなかったか?いずれにせよ”研究”とされている部分のテーマ性に限界性を感じるという点では変わりはないです。

あと批判も十分考えられる。例えば、衆議院議長やった細田の母校だ、というが、細田に対しては、すごく批判もでかいのは皆さんご存じですよね。数々の疑惑、政治的な思惑、不明瞭な言動…彼のことは故人となった今でも、あたし、軽蔑してます。あと、黒田前日銀総裁も筑駒出身だそうですけど、異次元金融緩和をやった、という金融的な禁じ手をやったかたという批判もでかい。その後インフレになって、経済良くなったの?スタグフレーションになってるじゃないですか。また、黒田の後の植田現日銀総裁はよくやってると思うが、彼も筑駒出身というのが非常にコントラストになってて、ぶっちゃけ本書の書いてる筑駒の皮肉です。もちろん、人材の宝庫ならばそれを立証するだけの客観的な検証が必要なわけですよ。それに相当する部分がないです。

これならば、実業家が多くなっているという部分にフォーカスしたほうがよかったんじゃないかな。その実業の部分をもっと大きく取り上げて、筑駒のここが良く役に立ったんです。それは素質だけでは語れない環境の部分があったんです、そう言ってほしかったし、”研究”を名乗るのであれば、筑駒の良い部分と悪い部分・しかも、客観的な部分をしっかりと書くべきだよね。情報系とかスパコンならばそこだけ切り取ったり、と工夫はできたはず。それを悪くも筑駒という区切りで区切っているので、なおのこと難しいです。テーマ的に無理がある。だが、このテーマだからこそ読みたいという人もいるのは事実。だからあたしは買った。あとスポーツ活動はなんちゃらっても書いてあるけど蛇足な気がする。教育大学附属時代から歴史をさかのぼっているあたりはまぁまぁよくまとまっている。それだけ。

よーするに、教育的自由です自由です、って声高々に音あげてもそれってホンマの自由?っていうことだと思うんですよ。本当の自由とはなんなのか?それも筑駒の場合の教育的自由って何なのか?っていう点にはフォーカスがあってないです。いいところしか書いてない。悪いところとか、悲惨なところも、やはりあるはずですよ。いったいどんな学校なのか?という興味本位で手に取って読む分にはいい本。でも、総じて、内容が薄い本です。例えば、官僚になる人もいるって書いてあるけど、相当厳しい環境で働いているはずですよ。家庭なりなんなりを犠牲にしてるっていう人も多そうですし。麻生(自民)ですら、国会で、浜田(N国)を相手にこういうこと言うぐらいですからね。まぁそこがいいんですけどね。買う価値なし。図書館で借りればよい本。