我々の歩いて来た道―ある免疫学者の回想 | 石坂 公成 | Amazon
石坂公成(1925-2018)とは日本の免疫学者。妻であり共同研究者であった照子との業績である、IgEというアレルギー物質の発見が、公成の主要なそれ(業績)とされる。晩年まで、哺乳類に存在する主要アレルギー物質IgEを発見した功績により、ノーベル賞候補と言われ続けた。周囲に「そろそろ、ノーベル賞を…」と言われるたびに、公成はこう答え盛大に笑ったという、「もう時効でしょう…!」と。
公成と照子の共同研究はユニークなものであった。患者の血清からIgEを発見するに至るまで、人体の免疫作用を確認するために、お互いの体を化学物質で浸した針で刺しあったというのである。ユーモア溢れる、優秀な共同研究者であった照子はこういってこの様子を度々振り返ったらしい。「(アレルギー研究においても、まるで蚊のように)刺しつ刺されつね」公成と照子はそうして”現代のキューリー夫妻”と呼ばれるに至った。
公成は教育者としても偉大な足跡を残している。研究を継承する後輩に、複数の研究手法を組み合わせ、何回も実験と失敗を繰り返しながらこれを反復するという免疫学実験の基礎を叩き込んだ。彼の研究室から「桂馬飛び」を学んだ書生の多くは偉大な免疫学者、世界を代表する生理学者になった。しかしながら、公成は自らの大きな功績を自慢し吹聴するよりも、ずっと公明で正大なこころざしを持っていた。
晩年、公成は妻照子の入院する山形大学医学部附属病院の病室に足繁く通い、彼女のもとを訪れ続けた。脳の難病に苦しみ昏睡状態に陥ってしまった照子のことを思い、公成はこういったというのである。「私達の一番誇れる業績はIgEの発見ではなく、共に歩んできた道ではないでしょうか」そう言い残して、公成は2018年、長い92年の命を終えた。共同研究者であり、”偉大なパートナー”であった照子もまた、2019年、不思議なことに公成の後を追うようにして、夫と同じ年齢である92歳で、その命を静かに終えたという…