ローレンツの堤防-科学は社会にとってどうあるべきか- | ゲヲログ2.0

ローレンツの堤防-科学は社会にとってどうあるべきか-

ヘンドリック・ローレンツは世界的に有名な物理学者であり、「ローレンツ変換」などにその名を刻む人物…彼は主に人生の半分を純粋な物理学に捧げたが、その人生のもう半分は祖国オランダのために捧げた。”オランダのために捧げた”というと愛国心を思い起こす読者もいるやもしれない。ただし、彼は祖国オランダの安全のために人生の後半を捧げたわけであり、祖国に住む人々の平和な暮らしを保証するために人生のその貴重な時間を割いた…というのが真実である。

周知のとおり、オランダは周囲を高い水域に囲まれた都市国家である。そのため、絶えず水害に悩まされてきた。国家として自国民の安全を担保するため、現在でもほぼ全てにわたりオランダ国民にとって水泳の授業は必須となっている。かつてオランダで問題になっていたのは、ゾイデル海という自然の脅威である。この海の波抜に対応できるだけの堤防を必要としていたオランダ政府は、当時既にその最盛を物理学の分野で極めていたローレンツそのひとに、水害対策の問題解決を依頼した。ローレンツは純粋な物理学者であったため、流体工学や土木工学が専門ではなかった。であるからして、はなはだ進歩的な依頼…というよりかは、はっきり言って”無謀”な依頼だったのかもしれない。だが、ローレンツは祖国の人々の安寧を祈る一心でこの仕事を引き受けたのだった。

この問題は主に堤防の高さをどれだけ見積もって設計・建造するかというものだった。ローレンツは工夫に工夫を重ね、従来想定されていた堤防にどれだけの無駄があったか、ということを報告書でオランダ政府に提案している。ローレンツの結論は、オランダの周囲の地政学上の問題や流体的な特性により、「推定値が示すほど、それほど大きい堤防は、必要ないのではないか?」というものだった。オランダ政府はこれを受け入れ、かなりの出費を削減したうえで、帰納と演繹の科学力を駆使したローレンツの報告書のとおりに土木関係者に命じ堤防を作らせた。

こうしてできた堤防は度重なるオランダへの水害の恐怖に絶妙に作用し、オランダ本土に大規模な水害が及ぶことがないことが経験的に証明された。まさに、ローレンツの計算値が絶好の値をとっていたことを示した、という。このローレンツとオランダ国民によって作られた堤防は、かつてオランダを何度も侵食した海であった、ゾイデル海への恐怖を希望へと変える転機となり、また同時に、この堤防はオランダ国民が誇る祖国への偉業になっている。

この美談は、『科学がどのように人間に接し、どのように厳しい自然に立ち向かうか』という問いを呈しているといえる。また、『各分野の知識人や為政者がどのように手を携え、災害への備えを科学的に分析し、対策を実行するか』という現実的な問いにまで発展しているといえるだろう。

聞くところによれば、今でもローレンツの試算のとおり作られた堤防の一部の名には、オランダ国民が誇る、偉大なる物理学者であり先人だった、『ローレンツ』、その人の名が冠されている…という。