ゲーム「OMORI」の原案者であるOMOCATが、その一周年を記念し、画像投稿と共にツイートノーツとして思いを綴っている(Twitter)。翻案するとこんな感じか…(やはりかなり詩的なのでいかんせんめっさ訳しにくかった~たぶんあっていない部分もあるけどw)。
— OMOCAT (@_omocat) December 25, 2021
昨年、七年におよぶ”旅”が終わろうとしていたとき、チームのみんなと私はラストテスティングに臨んでいた。
最後の調整を終え、数分後には、フルゲーム版「OMORI」を見つめるのは私たちだけでなくなる。そのゲーム「OMORI」がリリースされたとき、誰がどう解釈するであろうか、また、それを好むか好まざるかまでまったくわからなかった。けどその刹那、私はノートに覚書をしていた…―私が思い起こされる「OMORI」のメッセージ性と、それに抱く特別な感情を。
チームのみんなと私は、バグつぶしと他人のミスの修正に目を血気盛んに凝らしていたけど、「OMORI」がリリースされて、とうとう”さよなら”の時が来た。私のハートは速く鼓動をうち、眠りにつけるよう思えなかった。そして、私は実感した。この”旅”はこんなにも痛々しく、また切ないものなのかということを。
この一年がぼやけてきた年月であるよう、最後には私の目はあまりの疲弊のために力尽きた。そして、ストーリー…ここ十年の間おぼろげながら夢見てきたものは現実のものになり結実した。確実に、私は”形だけやったふり”をしたし、実際、日々の日常は現実として見映えなかったこともしばしばあった。
すべての時間において、私は幸福だった。私の部分部分はその度に、逃げなければならないものすべてを待ち続けた。それはすべて現実、記すことを忌避すべきものですらあったのに。そして、眠らないため、自分自身をつねる衝動はあったけど、この章~チャプター~からとうとう旅立たねばならない時が来た。
何度も言った言葉だけど、また再びこの言葉を言わせてもらう。
「OMORI」を楽しんでくれてありがとう。私は今、ここにきて幸せです。「OMORI」のこと、幸せに思います。そして、あなたもいてくれて…だからこそ、私は幸せです。
そして、一周年、一年目の誕生日!もしたとえ、これが夢であったとしても、私を起こさないでくださいね…!
OMOCAT
never expected OMORI to be a game that would be played on streams or enjoyed by groups of people. i thought it would be a type of game someone would randomly find and play alone at 3am in the morning… but i’m thankful for streams because i get to see so many fun reactions!
— OMOCAT (@_omocat) February 10, 2022
また別のツイートによると、『「OMORI」がこういった反応を得られるゲームになるとは思わなかった』『ストリーミングしてもらい感謝しています!』とテキスト・ストーリー主体のゲームdevとは思えないほど…素晴らしい態度を示してくれている(Twitter)。