まず、この漫画の特徴として比喩の旨さが挙げられる。例えば、この第六巻ではとあるイギリスの学校のフットボールチームの臨時監督(でいいのか?)を務めることになった地政学系フリーエージェントの主人公八田百合が、チームを巧みに団結させていく様子が描かれている(「イギリス、フットボール&パワー」参照)。今回はこの話を通じて、その比喩のありかたをレビューし、真意を探ってみる。
あたしは個人的に、このストーリが描かれている45・46・47話を見て、日本がオリンピックでブラジルを破った伝説を思い起こした。いわゆる西野ジャパンの奇跡(「マイアミの奇跡」)である。この話数で八田がとった作戦は、この実話に近いものがあると思う。八田のとったフットボール戦術は簡単にジャイアントキリングをもぎ取るロングボール作戦だった(相手チームの監督もそれは予見済み)。
・個人のスキルでは圧倒的に劣る八田チームが勝つには敵チームの一瞬の隙を突く以外にない。
・小さなスペースを上手く使い、個性的なチーム連携で相手ゴールをこじ開ける。
・リードした後、ハードな守備に回りをなんとかスコアを保ち逃げ切る。
結果、八田のチームは、その戦術…八田が名づける「シーパワー」戦術により先制点を相手強豪チームから上げることにとうとう成功する。ここで「シーパワー」と「ランドパワー」について簡潔にまとめておこう。八田のとった戦術はフィールド・すなわち『コート盤面上の地政学』を巧みに手に取った、軍事の兵站的な発想に基づくものだった。
「シーパワー」戦術…八田側 ★イギリス・アメリカ・日本などの大国がとっている政治地政学的な考え方
・外遊部を自由自在に移動できる海のように取り扱い覇権国家を目指す。
・チョークポイントを抑える方策(重点化策)をとり、機動性でもってして、ダイナミズムにより相手を制する。
「ランドパワー」戦術…相手側 ★中国・ロシアなどの大国がとっている政治地政学的な考え方
・エリアを地面這うように、一コマ一コマづつ着実に制圧し、覇権国家を目指す。
・地道かつ散布的に兵站を取り扱い、確実性を担保に相手を封じることにより主導権を取る。
先制弾を見事にもぎ取った八田チームの行方は?というところでこの三連チャンの話は終わる。この描画はたしかに見事である。イングランドの海洋国家時代を古典的背景に、サッカーという「スポーツの戦争」を舞台に、見事に地政学的リスクを比喩にとって、話を構成させていることに成功している。説明のため、いくつもの細かな注釈が入るが、それがごく自然と漫画という表現の内部に入り込み、ファンクショナルに機能しているさまを読者に感じさせるわけだ。 つまるところ画的な意味以上に、この漫画の二次手な特徴として、情報量が半端なく多いとも評せるだろう。
それでいて、流れが起承転結にきちっと澄まっているので、漫画にしては異例ともいえる大量の引用文も読みこなすことをまったく苦に感じない。あくまで、流れの中で解説が適宜入るので、読みやすく、しかもわかりやすい。いわば、田が描くのは”比喩を踏まえた簡単な隠喩”なわけだ。さて、肝心の結果を言ってしまうともったいないので、そこは皆さんに託したい部分だ。八田のサッカー戦術は「マイアミの奇跡」と重なるだろうか?その答えを知りたければ、あなたは第六巻を手に取る必要がある。
何も八田の地政学コンサルとしての、エージェントとしての話はここだけに留まらない。むしろ、今回紹介したストーリはどちらかというとサブルートに近い。移民問題・宗教問題・労働問題・金融とネットワーク…新しいメメントを次々と採用し、終わりなき世界への旅路が綴られていくわけだ。八田が地政学・そのリスクを天秤にかけ、見事に頭脳の回転の早さ・その知性で難局を制していく段に、読者自身乗り気になっては、事細かな時事問題に興味関心を持てる、そんな漫画である。
「ゴルゴ13」のさいとうたかお氏が死去された現代、その精神的な後継作・発展形(と言ってしまうと反論もあろうが…)ともいえる田素弘による『時事漫談』である。どちらかと言えば、インテリジェンスな面が強調され、暴力さの露骨な描写はあまりないほうだろう。東西冷戦後の平和主義の中で駆け引きが行われる、米ソ対立とはまた趣の異なった、”現代版の覇権主義”を描いている点で、古くからの漫画とはまた違った傾向が垣間見える漫画作品である。
地政学的な知性…そんなアイロニーな言葉が似合う漫画といえるのではないか?