【連載:クマでも読めるブックレビュー】「独裁者プーチンはなぜ暴挙に走ったか 徹底解説:ウクライナ戦争の深層」~イソップ寓話のファクトチェック | ゲヲログ2.0

【連載:クマでも読めるブックレビュー】「独裁者プーチンはなぜ暴挙に走ったか 徹底解説:ウクライナ戦争の深層」~イソップ寓話のファクトチェック



本書が”強い”のはいわゆる『池上ブランド』であり、それ以外はない。大体話の筋としては、昨今のメディア媒体で報じられて決まってきたロシア論であって、何も革新的なところだとか、目から鱗が落ちるとかそういうところはあまりない。だが、そのロシア論をおさらいして常識的なファクトを追っていったという点では十分評価に値すると思う。たぶんアマゾンレビューも星4つは堅いだろうな、と思ったら星3.7だった。

否、目から鱗が落ちる、という点も部分的にはある。それがp159からの「べリングキャット」の項目だ。「べリングキャット」というのは、イギリスの民間調査報道機関であり、特別なノウハウを持った機関ではない、と池上は伝える。この「べリングキャット」という民間調査報道機関は、SNSの情報を頼りに部屋にこもったままジャーナリズムを実践する、という特異な体系をとる、エリオット・ヒギンズによって旗揚げされたものだ。いわゆる、市民メディアのイギリス純血版のような立ち位置の報道機関だ。

もともとヒギンズはジャーナリスト志望だったが、大学をドロップアウトしている経緯を持つ(本書は確かに大学ドロップアウトと書いているが、上リンクのWikipedia英語版ではハイスクールドロップアウトとある)。ヒギンズは、その後ゲームに夢中になっていったという。だが、「アラブの春」「マレーシア航空17便撃墜事件」をきっかけにヒギンズはSNSを駆使した報道姿勢に興味を見せる。特に後者についてその黒幕がロシアだ、と断定したのがヒギンズだったという。彼はハッキングを行わず、公開された情報をたどりに真実を追求する、という古典的なネットワーク型ジャーナリズムを実践する団体を旗揚げし、イソップ寓話の一節に従いこの団体を「べリングキャット」と名付けた。池上はこの「べリングキャット」の姿勢を「オープンソースインテリジェンス(OSINT)」と解説する。

OSINTとは、公開された既存の情報、特に市民が伝える写真や映像などを頼りに、ネットによるファクトチェックをしながら事件の筋を追う、という手法のことである。その後「べリングキャット」の古典的なジャーナリズムの視点は、BBCやNYTなどにも強く影響を与えたという。研修を受け、このOSINTを実践するために元所属のメディアに帰っていくと、彼らがまたOSINTを実践する、というわけだ。SNSがこれほど発達した現代においては、危険を冒しリスクテイクもすることなく、真実を追求できる時代になったわけだ。画像と解析を基軸としたOSINTの手法は、一人部屋内でできる手法であり、かつ世界に健全なインパクトを与える、地味ながら画期的な手法だった。

これは確かに驚嘆するべき点だ。ファクトチェックをSNSから行い真実を追求する…こういった古典的な方法は、我々一市民が本来常々持っておかねばならない、極めて重要な能力である。例えば、一つ誤れば、核戦争につながりかねない印象を持った事件、2022年ポーランドへのミサイル着弾事件へは、こうしたOSINTの力も借りて皆がファクトチェックをしなければ、安易にロシア側の仕業と断定しがちだったと思う(この件についてはウクライナの防空システムによる可能性が高いというのが真相になりつつある)。市民ひとりひとりがファクトチェックをして、真実を精密に追求していかねば、我々は未来を誤り、間違った価値判断をすることになりかねない。真実を追求する姿勢は、このように「べリングキャット」のみによることはあってはならず皆が冷静に身に着けるべきことだ。

そうして本書で池上が論じるのは、何も日本も例外ではない、ということだ。それは池上が独裁者についていう部分だけでなく、こうしたファクトチェックの意味合いをしかと市民が考えることで、国際的な危機を乗り越えるきっかけを皆で持つことができるという地域紛争時代の唯一の希望である。池上はジャーナリスティックさを一般市民が持つことの重要さをOSINTに見出す。そうでなければ我々も、危険の一筋を危うく掴みかねない時代にある、そう警鐘を池上が鳴らしてくれたように思う。

※書影:Amazonより.