アカデミズムの場において、アメリカでは博士号を持たないと不利なのか? | ゲヲログ2.0

アカデミズムの場において、アメリカでは博士号を持たないと不利なのか?

中村修二先生が言ってたけど、そんなことない。アメリカでそういう差別はなく、実務・研究領域でもこれはまったく同じです。実務の領域では、言わずと知れた、コンピュータ領域で知られるジョブズやゲイツ、機械系でもセグウェイの開発者であるケーメンも大学は出てませんし、日本でも、ZOZOの前澤さんや堀江氏も大学出てません。では、アカデミックな場ではどうか?これもほぼほぼ同じで、博士号を持たないノーベル賞受賞者とか有能な人ってけっこういるんですよ。

この件については、Quoraにもしっかり記載があります。ラマン効果の発見で知られるラマンはインド人で、しかも博士号とってません。あと、詳しくないけど、ファンデルメールも持ってないそうです。これにはいくつかの理由があり、当時大学院という教育システムがあまり浸透してなかったということもあるらしいです。ですが、あちらで(特にアメリカ)で博士号を持っていない方が研究の場で不利だってのはちょっと無理のあるこじつけです。実力・論文・特許などの実績があれば、しっかりと評価されるはずです。

例えば、そもそもの賞の発案者でもある、ノーベルは学校には行ってませんが、家庭で教師だった両親に教育を受けたよね。んで、むしろ共産国である中国でも『三無』(院で博士号無・留学経験無・国家の主要研究機関に属していない)といわれた女性の新薬開発者もノーベル賞とってます。さすがに中国ではこれは衝撃的だったようですが、彼らもこれを機会に教育システムを見直して、コツコツと頑張っていくはずです。

中村先生は建前というか、若干煽り気味なところがあり(大学入試制度改革の件など)、やはり素晴らしい業績を持つ、変なところがある人(侮辱じゃなく)なので、そういうおっしゃられ方をあえて、著書で為さっているのでしょう。アカデミズムの場で博士号を持っているかいないかってのは、実力との比較でいえば、『実力ありき』なのは世界中どこ行っても事実だと思います。