「放課後ていぼう日誌」漫画版レビュー(総評)

「放課後ていぼう日誌」漫画版レビュー(総評)

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放課後ていぼう日誌(2)(ヤングチャンピオン・コミックス) | 小坂 泰之 |本 | 通販 | Amazon

・まず総評

なんつーか、ガチでおもろい。読んでない人は人生損してるんじゃないかっていうぐらいおもろい。

人と人とのつながり、話と話のつながりが自然すぎて、作られた感じがしない。例えば、鶴木の入部のシーンからして、まずごく自然な入り口なんだよな…絵もめっちゃうまい。ツッコミどころが全くないくらいすごいレベルで均一に描かれている。話数が進めば進むほどうまくなるような少年漫画とは比較にならんぐらい。

(黒岩を中心として)キャラが立っていて、それぞれに(元気印の帆高のように)個性がある。それでいて(大野のドンとした存在のように)漫画全体のバランスは失われてない…

人気のJK漫画とかそういうレベルじゃない。ありえないぐらい奇跡的でかつ普遍的に成り立っているような人生の話がここにはある。そこらそこらにちりばめられたピースを繋いだようにごく当たり前の日常がここにはある。

・ストーリー

話のストーリは簡単で、JKが「ていぼう部」(釣りサークルらしきものw)に入って、みんなで釣りと釣ったもんの料理をして食べる。基本的にはこれしかない。いわゆる『日常系』に分類される漫画といえるが前述したように話のつながりが自然すぎていて登場人物各々が”キャラ立ち”しているので、ひとつの人生のなりゆきを見て取っているような感覚になる。そういう意味では『日常系』と単純には言えない漫画に構成されてる。

漫画の主人公鶴木はもともとは裁縫部に入りたくて、慣れない学校に来たが、部長黒岩の仕掛けた(?)なりゆきで「ていぼう部」に入部することに。そこには幼馴染の帆高と先輩部長黒岩、進学を希望している大野などがいた。JKが釣りに出会うときなにが起きるだろうか?(裁縫部のほうは男衆ばかりで鶴木は入部をあきらめることにw)というもの。

・「釣りキチ三平」との比較より

先輩格というとやはり「釣りキチ三平」だろうか?だが、三平のほうは釣りを大自然の雄大さとアクション性につないだ男を中心とした、カチカチストーリーであることが多い。キチっていう差別用語をあえて使ったのも合理的な理由があるってうなづける漫画だよな、こちらは。だけれども、そういったもの、釣りの魅力を照らし合わせた点ではおんなじでも、「放課後ていぼう日誌」のほうは現代的な魅力ある漫画に解釈がされていて、三平の生き方・生きざまと全く違っている、オリジナルなものになってる。

例えば、男性の強さが「釣りキチ三平」では描かれ、そのうえでやはり自然の雄大さ/偉大さを釣りを通じて描く。だけれども「放課後ていぼう日誌」のほうは、純粋に「釣り」に出会ったときの興奮や面白さ、新鮮さを描き、そこに独自のルート…例えば、『釣ったら食う』とか『合宿はサバイバル』だとか、いわゆる彼女たちなりに工夫したルールが主となって、話がまとまっていく。この点で、三平とは違った釣りの人生を、釣りの青春を彼女たちが作っていく様子が読者とともに追体験されていくわけだよ。この点で三平とは全く違った漫画になっているといえる。

・結論

釣りのもつ魅力を存分に描き、釣りに惹かれたJKがそれを彩る。ひととひとは釣られた魚と釣り主のようにつなぎとめあわされ、漫画作画で人間の興味深い”娯楽”のあり方が描かれる。まるで彼女たちが”釣った”『魚』のように、我々読者は”釣られる”。話そのものが魅力だからだ。

そして始まりがあれば、終わりもまたある。だからこそ、「放課後ていぼう日誌」もいずれ連載が終わるときがくる。これは悲しいことだが、だからこそまたこの漫画も存在する。終わりあるからこそ、何かが始まる。読者はそれを託されて、人生に”娯楽”という場・緊迫感とともに一時の余裕ある空間をもらう。釣りを描いた漫画でありながら、それ以上に”釣られる”漫画。まさに人生の娯楽場。

こういう漫画って…ホンマ今時珍しいよな…

※後々、各巻のレビューもする予定です(アイキャッチ画像は、 放課後ていぼう日誌第一巻Kindle版 目次ページ より引用…表紙画像は、 BOOKS | TVアニメ「放課後ていぼう日誌」公式サイト より引用させていただきました)。