小林さんちのメイドラゴン(6)レビュー | ゲヲログ2.0

小林さんちのメイドラゴン(6)レビュー

小林さんちのメイドラゴン(6) (アクションコミックス(月刊アクション)) | クール教信者 |本 | 通販 | Amazon

確かにこれはけっこう泣ける漫画だ。というのも尼レビューにもあるように日常+本筋っていう流れが出来ている中、この6巻ではトールのドラゴン人生(本筋のルート部分)がしっかり書かれていて、そこのピントがあうと泣ける。ハナシは簡単だ。ドラゴンなりの矛盾が、人間のそれと同じく生きることにあり、そこにこそ、ドラゴンと人間を結びつける要素がある…ということだけ。トールはドラゴンなりの矛盾を解くために「神」に歯向かった。そして負け、地上に降りてきて、小林と会った。だが、その心情は人間の世界に呆れ、惹かれ、好きになったこころそのものだった。

人間はたまには面白いこともする。いろいろ興味深いものも作る。だが、なんで俺らは今に至るまで、エゴを追求した結果、戦争という殺し合いをするのか?トールという長いスパンに生きるドラゴンの寿命をまっとうするものからすれば、果たしてなんの意味が人間界の”普遍的な”戦争にあるのか?それが理解できない。

人ってオロカだ 今日も戦ってる… 領土とか権力とか…
そんな理由でいつも戦って… いろいろ面白いもの作るんだけどな 
それだけしてればいいのに 
本巻p128より

これは確かに興味深い、子供にもわかる論理。よーするにドラゴンでも戦いはあるけど、それはトールを始めとしてドラゴンにとってはより”本質に近い戦い”なんだな。長い寿命の中で、生き残ろうとするために戦うのは必然だが、それはドラゴンにとって必要最低限度の戦争だ。人間は短い生命のスパンの中、死に向かって特攻するため、自らの寿命をまっとうできず、自滅的な戦争を行う。それが人間にとって、なにより人間ひとりひとりの自分にとって、不安なる人間の生命のオロカなる(トール談)行動だった。ドラゴンと人間とで共通する戦争という”中身”はここでは異なっている。

アニメのなかで描けなかったプロットが本巻にはすべて載っている(アニメではかなり簡潔にしているが、6巻には詳細が載っているんで読んでみてほしい)。つまり、6巻はメイドラゴンを語る上で外せない本筋の納得の行く講釈のオハナシなのだ。よくよく考えれば、俺らの住む世界はかなりの低確率で存在している。なぜ今、世界があるのか?その奇跡的な確率によって支えられた現世を我々は生きているわけだが、頑としてそこには住むべく存在である世界がある。それでものなお人類が滅びなかった理由はなにか?トールが問うた先にあるのは一介の人間にすぎない存在である小林、彼女の優しさだった。

ドラゴンも長い寿命の中で、たまには必要に応じて戦い、いずれ死に向かう。人間と同じように、生命にはいずれも差があれども、限度がある。人々は生きて、いずれ敗北し、その生命を終える。だからこそ、その尊さに惹かれ、トールは小林と生きる道を選んだ。それがトールなりの「優しさ」の感受性だったんだな。

よく一期一会と生命をまっとうする上で、それを踏襲していく中で、限りある時間という軸の中でそのようにいうが、これが描かれているという点で、本書に学ぶべきことはカッチコチの評論本よりも、ずっと多い気すらする。