【連載:クマでも読めるブックレビュー】「ストーリーのつくりかたとひろげかた」~イシイジロウ著

本書の概要

ストーリーのつくりかたとひろげかた 大ヒット作品を生み出す物語の黄金律-イシイジロウ著

本書は映像作品・ストーリーの作り方を論じた書だ。この手の書は書店で気軽に買える程度の解説書がなかなかない。大学で映像を専門に学ぶひとだけが得られる”会得しているならば飛ばしても良い部分”、それが著書の言う黄金律・基礎編に当たるもの。この基礎編で解説される三つの知識とは「三幕構成」「15のビート」「感情曲線」のこと。そして本書の醍醐味はその応用編にあると思う。著者はストーリ―作りにおいてビデオゲームの知識を援用しているのが昨今の業界最大の特徴だ、と主張する。この点で本書は他書には見られない、ユニークな書物に仕上がっている。曰くところによれば、『ビデオゲームのストーリー作りは最先端』。これが第三章に当たる部分。そして続く第四章では、自分なりの作品展望を論じている。他書にありがちな『こういうものがあるよ』だとかの、知識羅列だけでないので読んでいてワクワクする。単著として今、ストーリー論を学ぶかたならば読んでおいて損ではない。むしろ利しかない。

第一章・第二章

先に書いたように第二章まではおさらいの章、しかし解説が優れている。特に紙屋氏の著書のように、構図で映像作品を考えることができている。事例も具体的で、抽象性の高い論ではない。「アイアンマン」「君の名は」というようなガジェット的な作品・存在論をヒントにした作品を具体性でもってして論じており、曖昧さに逃げるところがない。図解で作品構造を論じる点はわかりやすいし、豊富なフローチャートで時系列的解説をしっかと付記している点が素晴らしい。「三章構成」を「アイアンマン」で、「感情曲線」を「君の名は」でしているんだけど、シームレスにそれらが繋がっていて、違和感がない。作品例としても「アイアンマン」はどっちかっていうと具体的な「三章構成」による物理的構成の物語だし、「君の名は」はいくつもの伏線がまとまっていき結論が導き出される「感情曲線」に近しい存在論的作品なので的確。特にあたしが関心したのは「君の名は」の解説の項目。これはまさにテキストマイニングに近いし、時系列分析にも近い。そして”指標化していく”という点で、現代の文学科学的理論にも広範に論が及んでいる。ここまでが基礎編の大まかな構造。

第三章・第四章

ここからはビデオゲームを最先端のストーリー理論として、サスペンスの意味合いでもってして物語のありかたを論じている。特に、主観的or客観的というふたつの軸から謎=ミステリーの概念を紐解こうとしているように感じる。どんな作風でも一定程度分からない点・分かっている点が二面としてあり、それらがミステリー的な、いわばルートボックス(宝箱)のような意外性があるのだ、という。このミステリー的な発見が現代の物語を構成しているものだと言って譲らない点こそ本書の肝だと思う。いわば本書の題目は副題をつけるとすれば、『発見の科学』といってもいいのかもしれない。その最たるものが呈示されてる後期クイーン的問題だろう。初出がどうとか誰が論じたとかはよくあたしにはわからんが、言うなれば『物語的ミステリーの内在する謎に対して、一義に劇中探索者か、二義に神(や我々)がどう振舞うか』という論のことらしい。ミステリーという謎の読解を客観的に論じるのであれば避けて通れない問題のようにあたしは感じた。本書はそういう意味で(ポスト)構造主義の観点で、ストーリーという具現的なブツを論じている。最終章・第四章は、自分なりの展望をオリジナルな側面から書き記している。特に読むべき点はストーリー分岐の解説の項だろう。これはいわば、あずまんのデータベース的消費の概念を自分なりに再定義した試みだととらえても良いはず。各ゲームタイトルを手玉に取って、具体的な特徴を論じながら、その発展性・解釈性に重きを置いて論じている。

まとめ

ここまで書いてみたけど、はっきり言って読みにくいマニアな形式の書ではある。なるべく平易に書いてくれていて具体性もあるんだけど、文章がこなれてなくて読みやすい新書とはいえない。むしろ論じている内容がマジで大学学部の映像論や物語論の授業のレベルなので、基礎知識なくして読み進めようとすると、挫折しがち。ただ、本書が新書だということもあって、専門書に頼らず、物語の本質・特に作品生成論を読めるという点では斬新。あたしも、吉本ばなな著「TSUGUMI」をこの手の感情分析手法で論じる比較文化論のような論文をちょろっと見たことがあるけど、この手のアイデアってのは背後関係にストーリー生成の分野の基礎知識があるからこそ出てきたものなんだな、と再考させられた。つまるところ、本書は構造の再構成の書である。そしてどこに新たな構成的発見があるのかを論じた書である。その点でストーリー的な意におけるマイニング…つまり物語の金鉱・金脈を掘り進めるという、モダンな内容を多分に含んでいる。あたしと同じようにあずまんのデータベース消費論を連想したのは多くいることだろう。”アレ”を物語論・特にストーリーの構築手法という、芸術学科の視点でピースを当てはめていったものと思った方が本質に近い。専門書を当たるまえに、序論として、また物語がどう作られていくか?という話の筋を追っていける書として、奇抜な観点から論じられている、新書としてはかなり貴重な一冊になっておる。

※書影:版元ドットコムより.