偽善と公平的分配の分水嶺 | ゲヲログ2.0

偽善と公平的分配の分水嶺

「Epiphany City」…素晴らしいのは利益の10パーセントを恵まれない人々に寄付することを表明している点だ。民間の力で世の不公平な構造に反意を表する、これまでの試み・その実践力は素晴らしいとあたしは思う。彼らはHP上でこのように言う。

Three ex-professional gamers hired four talented artists to make their video game dreams come true. We give away 10% of our profits at minimum to disadvantaged people in need, as that is what we have done for the past 8 years anyway.

三人の元プロゲーマが四人の才能あふれるアーティストを雇いました…そう、ゲームの夢を実現するために。我々は過去8年間の間やってきたとおり、得られる利益のうち少なくとも10パーセントを恵まれない人々に寄付します。

Team 1 — Epiphany Cityより

さて、あたし個人的にはこの試みは素晴らしいと思った。だが、みんながみんなこの”10パー企画”に賛同するかというと微妙なところかもしれない。端的に言って、このdev/pubの行為をいわゆる『偽善』とするかしないかはすごく難しい判断だろう。作ったゲームの利益がどう分配されるべきか?という問題は様々なファクトに照らし合わせて考えると、賛否両論ありそうだからだ。

例えば「なぜ100パーセントの利益を慈善事業に寄付しないのか?(なぜ10パーセントなのか?)」といったことや「残りの90パーセントはどこへ行くのか?」「単なる慈善の殻を被った印象操作ではないか?」といったような率直な疑問が存在するだろう。目の肥えたITerであるSteamerが、単にdev/pubが「10パーセント利益をきちんと寄付しますよ☆ミ」といっただけで、果たしてそれに好印象を無条件に覚えるか?というとそう単純にはいかんだろう。

一方で、評論家の山形もいうように「寄付を集めるためには寄付を集めるための努力をしなければならない」ということもまた明確なファクトだし、多面的な社会参画の一環として・民間ベースの慈善事業のありかたを探るという意味合いとしては、基本的に歓迎すべき試みでもあると…そう言えるだろう。いかにしてゲーミング・エンターテイメントが世の中と接すべきかという問題提起になっているのも事実だし、その利益(の寄付分)が人を救っているのも事実だ。また、IT・テクノロジーの力で人々を救おうとするプラグマティズムの概念ともコネクトする要素を多くもつ。

結論から言っちまうと、ここ数年間でゲームで儲ける方法論のみを追求してきたdev/pubばかりな中で、すごく先進的なやり方のうちの一つだということだけは、確固たる事実といえるだろうし、その反面、これが批判に値するか否かということは一朝一夕には結論が出るはずがない。ただ、我々が様々な『やり方』があるということは常々意識し、肝に銘じておきたい点だろう。


どうやらこのタイトルは、画廊運営方式のストーリテリング主体のパズルゲームになるようで、5~6時間クリアまで時間がかかるという。価格$9.99。2022/4/12発売。

※画像引用元:https://www.epiphanycity.com/faq-presskit(2022/4/8)