【勝手にTYPE-MOON勉強会】対談~藤島康介&奈須きのこ・武内崇を書籍から読み解く | ゲヲログ2.0

【勝手にTYPE-MOON勉強会】対談~藤島康介&奈須きのこ・武内崇を書籍から読み解く

「Fate」の原案者である奈須氏・武内氏を読み解くためにはその背後にある考え方を探らないといけない。いかんせん、同人時代から続く彼らの独自のコミュニティーは一次資料、つまりソースに欠ける面が大きい。よって前回は、その情報を補うためにTYPE-MOONという彼らのサークル・ブランドを読み解くことから始めた。

だが、それだけではクリエイターとして、ブランドの考え方の応用性までを紐解くには至らない。よって今から12年前書かれた藤島康介と各種MAG系クリエイターとの対談集である上述の書籍を定本にして、『ノベルゲームとしての「Fate」をテーマ』に据え、勉強会を(勝手にw)開こうという企画です。


※アイキャッチ画像はTYPE-MOON公式ガイドラインに従い引用させていただきました(TYPE-MOON)。

注:今回、定本とさせていただく書籍でも「Fate」シリーズ全般を取り扱っているように、そもそも同シリーズはほぼすべての作品に渡り、いくつものサブタイトルがつけられたりメディアミックス・スピンオフなどが活発に行われていたりと、決して単一の作品としてキチッと決まり切って評論できるものでないことを強調させていただきたいと思う。また、主として本定本の場合、初期の「Fate」シリーズを中心に取り扱っており(特に”stay night”および”Zero”)、それらを特に詳しく読解するにあたり様々なソースにふれる必要があり、数多出版販売されているさまざまなメディア・情報媒体にあたらなければならなかったことも付記しておく。引用画像は”Zero”テレビアニメ版のビジュアルブック(「Fate/Zero アニメビジュアルガイドⅡ」)。

藤島の問題提起

まず、本書におけるTYPE-MOON陣との対談は、藤島の問題提起から始まる。藤島は、ノベルゲームは生死が存在し、ルート取りによっては分岐点が明確にある、ということを問題提起する。これが小説や漫画だと、物語の全体像を成り立たせるためにある種大げさに言えば『希望』を残す必然性があるのに対して、ノベルゲームにはそれを無視できるというメリット(時としてデメリット)があるということを藤島が指摘することから、この対談は始まっている。そこに藤島自身、”ドキドキ性がある”と評し、奈須・武内もそれにかねがね同意している。ここから対談は始まる。

超人気作「Fate」のハシリ

次に、対談は「Fate」というエンタメ作品の物語、そのルーツを詳しく追っていくことに行きつく。この辺りはあたしもまとめた以前の記事と同じことが書いてあるが、それをちょっとばかし復習しておく。

・学生時代のTRPG経験からすべてが始まった企画、それが「月姫」(後の「Fate」の源流)

・武内が小説、奈須が漫画という担当分野の√取りがすべての始まり

・ふたりは好敵手ライバルの関係だったが、HP立ち上げから共同戦線を張ることに

この辺りは同じことを繰り返している。重要なのは次当たりからだ(おそらくほかの設定書でもあまり書かれていないことが対談では書かれている)。

初期セイバーは男設定

『高校生のころ考えたセイバーは”男”の設定である』ことから対談は深まっている。これはいわゆる旧セイバー(プロトセイバー)のことらしい(ピクシブ百科事典)。アルクのような吸血鬼やメイドという魅力的なキャラクター性をおもんばかることは重要だという認識は共通していた、という。その後路線変更して武内による提案でセイバーは女性になった…という経緯がある。

この手のキャラ絵において表情は重要

その後、プロの漫画家である藤島からしても、”武内の描くキャラ絵は表情が良い”と指摘が入る。曰く”キリっとしている良い表情”とのこと。奈須もそれに同意している。『担当が異なるからこそ、共に補完し合いながらキャラクターを作りこむことは貴重な体験である』ゲームだからこそ表情に多様性を持ち込まねばならないことが自然と指摘されていく。

例えば、ノベルゲームで表情が多様なパターンがないと、
そのキャラクターの性格や心情はわからない!こりゃ当たり前だ。

マーティンなどと違って、二次創作を前提にTYPE-MOONは活動している。キャラクターファンがいてこその「Fate」である!感情移入できない限り、熱心なファンは生まれない!という信条があるらしい。

ゲームの演出の多様性

次に”ゲームだからこそできる演出”に話題が移っていく…それが漫画・小説と相違うところ・および通じるところもある旨が三人の経験上で確認されている。いわゆる、テキストいじりのような感覚で動的レスポンシブな変形性ある画面構造と同様に、テキストにも個性を持たせることが可能である…ということが確認されていき、”そうでなければ完全なゲームにはならない”=すべての要素を含めて「Fate」が成立している、ということが認識されている。

なぜノベルゲーム「Fate」は新しいか?

ノベルゲームとしての「Fate」の特徴は三点、具体的に挙げられている。

A:表情の多様性を重視する

これは上に書いた通り。

B:ゲーム演出の多様性を重視する

戦闘のイメージを出すため、画面を動的に動かし、効果線を有効に活用したり、滲みぼやけ効果、切り抜きカットシーンを多用したりする。”「Fate」以前のノベルゲームにはあまり見受けられなかった”とされている。後に、PSタイトルで活躍する、演出担当者(”つくりものじ”氏)の貢献がでかい。どうやら演出担当の同氏は既存のゲームのありかた・表現に縛られない、いわば”異端児”だったらしい。

C:テキストをビジュアルとして魅せる

テキストが文字の流れフローになっているだけではなく、芸術的なカリグラフィーの意識を齎したのみならず、ネガティブなテキストには、それなりの役割を与えている。例えば、死やダメージの意識を齎すには、その表現が合致して攻撃的で精神的な衝撃を与えるようなものではなくてはならない…赤い文字のイメージを使ったり、浮かび上がらせたりするような、いわばテキスト自体を画像・イメージとして取り扱う点にこそノベルゲーム「Fate」の特徴がある、という。

各キャラクターの解説と〆

キャラクターについても書かれており、順番にセイバー・凛・アーチャー・ライダー・イリヤ・桜・士郎・ランサー・大河・キャスターについて詳細が述べられている。これらは専用Wikiに詳しいので、ここでその詳細は追わない(TYPE-MOON Wiki)。

対談としての結論は『TYPE-MOONが切り開く未来』という観点で〆られる。奈須が語るところによれば、ゲーム「Fate」は国作りだった。その後の運営に力を入れていきたいという旨が述べられているが、2022年になった今でもノーツ・TYPE-MOONブランドは一流なので、有言実行しているといえる。

奈須:『挑戦者のときは楽しいんですよね』
『でもその後、国を作ってからってつまんないじゃないですか』

藤島:『実は革命のほうがよっぽど簡単なんですよ』
『その後のほうがよっぽど難しいと痛感しています』

本書P35より引用

モチベーションを保つ、クオリティを保つということを確認し本対談は終わる…

どっちかっていうと、定本とした「フジキャラたん」の中で書かれてるこの対談では奈須のほうが解釈に力点を置いていて主体になって積極的に藤島に対して話してる印象を(書籍を見ただけの限りでは)受けた。武内は解説者・その役に徹しているっていう雰囲気の本っすね。