「Windjammers 2」~フライングパワーディスク続編の歓喜と憂鬱 | ゲヲログ2.0

「Windjammers 2」~フライングパワーディスク続編の歓喜と憂鬱

たしかに「フライングパワーディスク」は画期的なゲームだったし、正当な続編としてDotemuをメインdev/pubに据えて作られた、本作、事実上のナンバリング”2”のタイトルも相変わらず画期的なゲームだ。ルールは単純でゴールボールのようにディスクを投げ合う。その緩急を利用して、簡素なタイミングアクションで近未来の新競技を行う。だが、その歓喜はそう永くは続かないだろう…というのがあたしの見方だ。それはなぜだろうか?

理由を簡潔に述べることとしよう。『本作は単純すぎて短期的なウケは良くても長期的なサポートは望めないだろう』というのが、その理由…もっと言ってしまえば、本作を巡る”悲観論”のことだ。おそらくは本作を買い求める大方のファンも多くそう思っていることだろう。それこそが、「フライングパワーディスク」の歓喜、それと隣り合わせの憂鬱の本質なのだ。思い起こしてほしい。市場の動向・ゲームの購買層のニッチさにかけては、EAのドッジボールゲー「ノックアウトシティ」の動向に非常に似ているし(あるいはそれ以下)、限定的なコミュニティーで大会が継続的に開かれているオランダ製のゲーム「Lethal League Blaze」の雰囲気にもそれはかなり酷似している。

思うに本作は、『メタ本格派ネタゲー』に留まってしまっている。これでは、短期的な売り上げは上げられても長期的なヒット作にはならないのは、よく考えれば当たり前のことだ。”ゲームを簡素なデザインで本格的な深みでもってして作りこむ”、ということはこれほどにまで難解である。むしろEAに買収されたMetal Headの「Super Mega Baseball」IPや、横断的クロスプレイを実現したモンスタータイトル「ロケットリーグ」などのほうがずっと珍しいゲーム種だということは、さわりを見ただけでもよく合点がいく。

もう一度言おう、”簡素なシステム設計で深みのある長期サポート・長期の利益を確保できるゲームの全体デザインを実現すること”が本作「Windjammers 2」はできていない。だからこそ、短期的な売り上げで狼煙を上げるだけのゲームになってしまっていることは、本来着眼点こそめっちゃくちゃ優れているゲームゆえに、誰もが感じる、復古作に通じている一貫している憂鬱だ。そういう意味で、永くは続かないゲームになっちまっている。

優れているゲームが無条件に売れるとは限らない…もっとも、大ヒットするゲームとして本作が作られたわけではないことは明らかだが、あまりにもったいなさすぎる純粋な才能を感じてしまう、あたしが言っているのは、そういうゲームに対する憂鬱のコトなんである。