『MGSが”終わった”なら、Hitmanをやればいいじゃない』 | ゲヲログ2.0

『MGSが”終わった”なら、Hitmanをやればいいじゃない』

「Hitman」シリーズには、確かに壮大なストーリーはないかもしれない。だが、個別に用意されたミッションを受注してターゲットを暗殺していくという断片的な物語の用意の仕方は、この時代のステルスACTには合致しているシステムな気がする。思うに「MGS」シリーズは、大きな・壮大な物語だった。それが潰えてしまった今、ゲーマが「Hitman」シリーズにチャレンジする絶好の機会かもしれないとあたしは思う。

両IPに共通するのは、やはりステルスACTという一面だ。敵から隠れて、目的を達成する。ただし、「MGS」シリーズが一本ルートを基本とするのに対して、「Hitman」シリーズは一本ルートではなく多方面に展開する多様な攻略のしかたをサポートしているのが特徴的だ。また、断片的に語られるストーリーの欠片は、現代のポストモダンのゲームに合致した設計になっている。

「Hitman」シリーズは3まで今までリリースされていて、そのどれもが下位互換を持つ。つまり、簡単に言うと。1や2でプレイできるストーリーミッションらはそのすべてが3のエンジンに合わせて動作可能なのだ。また、ACTの達成状況を示す実績要素や自分のレベルの上昇と併用できるアンロック要素などが効果的に作用していて、リプレイ性が高いシリーズであるというのも重要だ。例えば、特定の暗殺ミッションでこなさなければならない実績は多種多様に存在し、ミッション評価値を高めるため何回もプレイできる・何回でも納得いくまでプレイできるものになっている。これは「MGS」シリーズにはなかった要素だろう。オンラインでミッション達成のスコアランキングを競える側面まである。そして、難易度設定もまた絶妙になっていて無駄が全くない。

例えば、カジュアルレベルからスタートすればお手軽にプレイでき、敵の察知能力に助する監視カメラや敵の数などが減り、セーブ上限もなくなっている。これがプロフェッショナル・マスターとミッションレベル上昇していくにあたり、制約は大きくなっていく。もっともプロフェッショナルでもセーブ上限はないが、マスターでは途中セーブが一回ぽっきりしかできなくなっている。しかも全体のレベルデザインが優れているため、全くと言っていいほど、この難易度設定が邪魔ではない存在である。

普通のACTゲームであれば、カジュアルをクリアできれば…あるいはプロフェッショナルをクリアできれば…それで最高難易度まで完遂することをプレイヤー側として求めることはあまりない。やりこみしたい!達成したい!という欲求がハードコアゲーマ以外は沸かないのがままあるのだ。だが、「Hitman」シリ―ズでは前述したように、個別に練り上げられたミッションや人物のまるで生きているような動向が、そのゲーム性の完成度を高めており、なんといってもレベルデザイン・ステルスACTとしての全体的なバランスに優れているタイトルであるがため、リプレイ性が極限までインフレーションしているのだ。誰もがプレイしてて、より完全なるHitmanになりたいと欲望を抱かせる内容になっている。

「MGS」シリーズは確かに終わった。しかも最新のスピンオフ”Survive”ではゾンビなるものが登場し、小島秀夫の顰蹙を買った。シリーズにはもうなにも求めることはないだろうし、小島の新規IPである「DEATH STRANDING」が打ち立てられた今、それを求める必要性もないことだろう。だが、欧米にはまだ「Hitman」シリーズがある。互換性の高い、ステルスACTがあるのだ。そしてそれはポストモダンゲーミングの時代性にあっており、ごく自然とリプレイ性に優れている。だから、あたしはおすすめしたい。

MGSが”終わった”なら、Hitmanをやればいいじゃない』と。