放送大学大学院はレベルが高い:続き | ゲヲログ2.0

放送大学大学院はレベルが高い:続き

ちょっと砲台の大学院がレベル低いとかいうかたをよく見かけるのでその誤解を解くためにわしが書きます。これは文系の研究と密接に絡むことなのでそこらからちょいちょいと書いていきます(砲台大学院は理学系でも社会システムの研究が多いので基盤的には文系といえるため)。

例外的に三浦瑠璃先生(学部は農学系に入ってその後本来やりたかった国際政治に転向)とかもいるけど、文系の勉強ってめっさむずいんですよ…というのも解くべき「解」が抽象性高くて”ない”んですよね。理系は機械的に性能をあげればいいだけだけど、それだけだと文系の学問は成り立たないんです。例えば大学院に来て文転し『クロス学歴』なんて華形みたいにいう方よくおるけど、これってぶっちゃけ常人にとってはすごく”無謀”なんすよ。

つのも文系は抽象度が高い。性能を上げればそれで丸く収まるだけの文系の学問領域なんてないっす(もっとも例外・文理融合分野も最近はあるけど)。これはマルクスやシュンペーターというような天才に始まりすべてにつながる論理です。俺ん修士の時の教授もそういっていましたね。『自分が天才だと思うなら文系の基礎理論に関わっていいけど、そうじゃないならばやめとけ』って。経済学・経営学・国際関係なんかすごく難しいです。現に俺も放送大学の大学院を飛び級で受けたことがあって、そんときの面接官が高橋先生西村先生だった。俺は高橋先生が面接をすることはなんとなくわかっていたんで、高橋先生がいるとすればその隣には西村先生がいるだろうなと勘ぐっていたけどドンピシャでした…じゃなんていわれたの?って思うっしょ。それについても書きます。

両先生曰く「これでは文系の研究とは言えない」「事例を並べただけでは研究になりませんよ」「修士論文を提出する際にものになるかすごく心配だ」と言ってくださったり「中国の研究をするにあたって中国語を勉強する気概はあるか?(当時俺が現代中国の研究をしたいと思っていた)」と言ってくださりました(高橋先生はペルシャ語・アラビア語・英語に通じており、西村先生は中国語ができるはず)。今となってはこの提言はすばらしい財産です。思えばこれは当然のことで、中国の研究したいんであれば中国通信社の原文ソースに当たらなければならない。それは法学者にラテン語が必須であることとまったく同じことなんですわ。高橋先生はイランに留学したかったけど、やっぱ革命期にあったから無理だったんですよね。コロンビア大学大学院経由でクウェート大学の研究員として実績を積まれた。対して西村先生は中国研究の権威、だからこそ高橋先生も西村先生も名誉教授なんだよね…

こういうこと踏まえればわかるけど…(また、純もそう言ってるけど)砲台がレベル低いって言ってるやつよういるけども大学院なんかめっさレベル高いですよ。特に博士後期課程(すでに学長レベルになってる人が学生になってさらに研鑽することがままある、だから定員がめっさ少なく倍率が高すぎるほど高い)。修士論文の概要集は各人で2ページですけど、これはあくまで概要。ホンモノの修論はレベルが高くて密度も濃い。電気自動車つくちゃった人もいるし環境学で徹底してフィールドワークしたひとまでいる。open forumだけ見て、「砲台の修士はレベル低いですね」なんて言ってる人がいますが、勘違いもほどほどしい。学卒後、砲台研究生になってそのまま砲台で正規教員になってるぐらい優秀な先生もいます。砲台の教授陣は相当優秀で東大早慶以上という方が並ぶぐらいです。

簡単に入れるっていうイメージがありますが、数論のような特異点も強いし社会システムなど各種文科系研究機関としてのレベルはまぎれもなく高い。