細田守監督作品新作「竜とそばかすの姫」レビュー【盛大なネタバレ(おおまかなストーリー把握要素)有】 | ゲヲログ2.0

細田守監督作品新作「竜とそばかすの姫」レビュー【盛大なネタバレ(おおまかなストーリー把握要素)有】

記事の要約:ストーリー展開や人物の描画において強引すぎる面が多々あるが、歌の力を主題に持ってきたことは曲のクオリティーの高さと共に純粋に評価できる.

多少強引な面があっても、主題をインターネットとアバターいう抽象性の高い点に置いたという点で”メタ”芸術的なエンターテインメントとしてみることができる.

細かい点に目をつむればいかにもこれまでの系譜を踏まえた上での細田作品の正当進化系.

ストーリー要約

すずは幼いころに母を水難事故で亡くして大好きだった歌が歌えなくなった女子高校生。

彼女はネットアバターアプリである<U>内では、プロデューサーの同級生であるヒロちゃんの助けを借りて、BELLE(ベル)として仮想空間上で歌うたいの夢を叶えることができるが、リアルの世界では相変わらず歌は歌えず、好きな忍に告白もできず、父とも疎遠になっている。

ある日、すずはベルとして<U>内でコンサートを開くが、そこに突如として『竜』が乱入してくる。『竜』はなんらかの心の傷を背負っているようで、仮想空間の警察部隊に追いつきまわされる暴力家として扱われている。ベルはそんな『竜』のことを理解し助けたいと思うようになる。アバターはその人の内面や外見を象徴して作られるため、リアルの世界の状況が<U>内に投影される。どうやら『竜』の正体であるリアルの人間もまたすずと同様に心に傷を追っているらしい。

ベルとして積み上げてきた音楽家としての名声と本来の自分の存在に悩むすず…忍も含めてすずの周囲の者たちは内心、すずがベルであることに既に気付いていた。一方『竜』は<U>内における警察部隊に追い回され、次第に追い詰められていく。歌の力で『竜』と親和になっていくベルだが、『竜』もベルもその警察部隊に正体を暴かれそうになる。

『竜』を助けるために奔走するベルは『竜』の本体であるリアルの人間をつきとめ、助けなければならない状況に置かれる。ただし、50億が使うアプリ<U>と一体化しているネットの網の世界から正体にたどり着くことは非常に難しい。そのため、すずは自身のアバター・ベルとしてではなく、本来の女子高生の姿で歌の力を信じ、その力で『竜』の正体である人間の信頼を得て助ける決断をする。すずの周囲の者もそれを応援してくれる。

命を懸けたライブパフォーマンスの後『竜』の信頼を得て、その正体である人間が東京に住むとある少年であることをつきとめる。すずは電車に乗り、その少年を実父からのDV被害から助けるため単身東京へ行く。そしてすず(高知県在住)の東京行きは成功し、その一家を救う結果につながった。

すずは一連のできごとから、幼いころからのトラウマを克服し、忍との恋のゆくえも進んだ。父との疎遠も解消し、周囲のサポートを受けながらも、自ら歌を歌うことができるようになっていた。

そして、すずたちは地元高知の河川敷で歌を歌い始め、物語はエンドロールへと移る…

ポイントレビュー

☆ネガティブな(批判すべき)要素

・ストーリーはけっこう強引

強引です。それなりこじつけが多いです。そこをマイナスとするかプラスとするかで評価が分かれると思います。はっきり言えば、この点が気に入らない方は多数いると思います。ですが、歌の力というマクロス以後に描画されたアニメのイデアルな部分についていえば、あたしは評価できるプロットだとも思っています。

・人間の描き方も強引

詳しい心理描画がないです。プロットに沿ってありきたりで突拍子もない反応をするので、キャラクターの言っていること・人物の主張が行き当たりばったりで無理やりプロットに合わせているようにしか思えない。これは悪い点だと思う。演技力も若干なんか足りないような感覚を覚える。

☆ポジティブな(高く評価すべき)要素

・歌のクオリティーは素晴らしい

音響や歌唱シーンの曲はすごいです。独特な色に彩られてR&B調の曲がすごく響き渡る感覚があります。はじめ宇多田の曲じゃねえの?って思うぐらいでした。R&Bというと宇多田の代名詞ですが、本作の楽曲担当は宇多田ではないので、それぐらい才能あふれる新鋭のミュージシャンなようです(シンガーソングライター:中村佳穂さん)。

・実在のスポンサーや企業・その広告が<U>ネット上のリアル性を彩る

スポンサーや協力している団体は多くあるようで、JR四国に始まり、ゼンリンとか国土地理院までエンドロールのリストに入ってました。イギリスではこういったリアルの聖地巡礼的要素は法で規制するほど流行りすぎたのですが、日本の場合は平和的に収まってるみたいです。しつこさはなく気になるほどでもないです。

・電飾され様々なコンピュータ描画のアイデアによって再現されたインターフェース類

ヒロちゃんが使うコンピュターは小規模なプラットフォームを構成していてネット横断的にいくつもの端末にアクセスできるように作られているようです。噂が国の境界を越えて広まっていく怖さもよくよく監督は意識したそうで、この辺り世界中のインターネットの構造を加味したグラフィカルな工夫が多くあります。

・3Dアニメーションとの融合によってつくられた驚異的な映像美

リギング担当やモーションキャプチャー担当がしっかりエンドロールのスタッフリストに入っている本格派。3DCGと従来からのアニメーションで培われた技術が融合し、素晴らしい映像美が実現しています。この点だけに限って言えば、間違いなくほぼ誰もが満点を与えるでしょう。

総括

監督としては”ずっと作りたかったもの”としているらしい。たしかに完成度は決して「バケモノの子」に比べれば高くはない。ストーリーラインも人間模様も突拍子のある点が気になる。また、主題をリアル方面じゃなくてネットの世界に移したということにより、ある程度見る側として許容しなければならない要素の多い映画でもあるとあたしは感じた。”インターネットの暗い部分をあえてあまり描かず明るい部分を描きたかった・強調したかった”という監督の時事的な、タイムリーな面もやはりある。

例えば、主人公すずがアバターのベルとどういう系列で移ったり戻ったりするのか、具体的にはそれすらわからないどころか、”どこから歌いだしたのか?”も同じくその遷移が明確にわからないようになっている。それをあえて描いていない節がある(と個人的には考えた)。これはインターネットという移り変わりの速さ、いわば『トレンド(流行)の速さ』に影響されるものがあってこその表現なのかもしれないと思えば腑に落ちる。

あえてネットという抽象性の高い分野にテーマ全体のレベルを上げるにあたり工夫しなければならない点も多かっただろう。CGデザインにアナ雪のかたとか、あるいは構造物デザインに著名な建築デザイナーを起用したのは、この工夫があってこそ、計算されたものなのかもしれない…そう見れば、一見違和感あるストーリー展開とか人間の描き方は受け入れることができる。ただし、このあたり富野監督が激賞した「おおかみこどもの雨と雪」とは区別がいると思うんだ。「おおかみこどもの雨と雪」は本来芸術のあるべき姿において芸術的だったけど、こちらはどちらかというとネット主題・音楽主題だから、いわば”ネオ”だとか”メタ”という語が芸術的、という語の前についてくると思う。

興行収入こそ細田監督のトップを行っているようだが、今作は純粋な芸術的ではなく、”メタ”芸術的なエンターテインメントとしてとらえたほうがいいんじゃないかな。いずれにせよ細かい点に目をつむれば、実に細田監督らしい作品になっている。

<了>