この世を忍ぶ電波系美少女バーチャルインターネッツアイドル文野純がメッタメタ遊んでメッタメタ考えて勉強するゲヲログ姉妹サイト...

2020年12月よりゲヲログ管理人ファメを寄稿者として迎え入れ、ゲヲログ2.0と部分的統合に至る。同時期に広告を全廃。

連絡は渉外課ファメのツイッターまでどうぞ

『ゲームをみんなのアイデアをもとにつくる』ということ。

『ゲームをみんなのアイデアをもとにつくる』ということ。

Hytacka氏が、実践しているゲーム制作の手法がある。それが、『ゲームをみんなのアイデアをもとにつくる』ということ、だ。「なんだそんなことか」と思った方もいるかもしれん。「今に始まったことではない」と思うかたもいるかもしれないが、同氏のゲーム制作手法の特徴として革新的なのは、”YouTubeのコメント欄やTwitterのツイートなど、SNSをゲーム制作にフル活用し、話のseedとしてありとあらゆる手法の実践的段取りを汲み取ってしまう点”だとあたしは思う。

確かに早期アクセスという手法もあれば、キックスターターや、各種パトロンサイトなど既存のシステムはあることにはある。ただし、より多くの人が参画して、より良いゲームを”民主的に作る”という同氏のとっている手法はかなり斬新だ。ゲーム制作に民主的なプロセスを持ち込んだ氏の動向はこの面でこそ興味深い。

例えば、今回投稿されたゲーム制作動画においても、講談社のコンテストなどに応募した経緯自体・その応募内容や面接内容自体をコンテンツにしてしまっている。これは、欧米のスタイルを凌駕する、従来のゲーム制作では見て取れなかった、「コペルニクス的転回」といっていい手法だろう。こういった機動力は大手のゲーム制作会社には絶対にテイキングできない手法であり、なによりゲーム制作のアイデアをユーザベースのレベルから盛り込んでいく”捻り”の効いた点で『わかっている・知識が血肉になっている点』が制作者自身に多くないと、とん挫することが多いケースでもあるはずだ。

確かにゲームのバックボーンは、同氏が語るようにモンハン・ダクソ、そして、For Honorといったものにかなりインスパイアされているものだが、システムに多くのオリジナル性を組み込むなど、アイデアを募ったうえで、それ以上のことをしている様子が見て取れる。この結実が、同氏が曰く『みんなの意見を汲み取ったうえでつくる、”ぼくのかんがえたさいこうのゲーム”』だ。

この手法が優れているのは、”直接民主的なアイデア”が根底にあること。ゲームやコンテンツはトップダウンの方式が主流で、従来からありとあらゆるイノベーションはこの手の形をとっていることが多い。このケースのように、完全にボトムアップに徹した方法でメインコンテンツとサイドコンテンツを自由自在に有機的に作る方法は極めて珍しい方法なのだ。

簡単に言ってしまえば、技術のマネジメントにデータベース的な生産手法を応用しているわけだが…これはどーかんがえてもこれまでの日本人気質のゲームクリエイターが簡単にできることではない。その証拠に中学生や高校生のころ、ゲームをみんなで作るという夢を持ったことはあっても、それを実践したことはない、夢想に終わった方が十中八九だろう。

考え方は哲学的なレトリックですらある。

~コンテンツは偏在するが、そのためのアイデアも偏在する~

『最大化された生産は無政府主義的に、人間に内在する創造的意欲に依る』

それはそう、かつてチョムスキーが述べたようにね☆

※画像:Debate Noam Chomsky & Michel Foucault – On human nature [Subtitled] – YouTubeより