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『作物を育てる』というコンセプトのゲームについて

『作物を育てる』というコンセプトのゲームについて

さて、「サクナヒメ」の登場でにわかに脚光を浴びている、植生物育成ゲームの流行についてちょっとあたしなりの意見をば。

確かにこのゲームはかなり画期的だ。あたしにとっては本作、作物の育成とアクション性を巻き込めたという点で強引な印象を受けてしまうような悪い先入観ある”心配な”ゲームだった。実際プレイして分かったこと、それはあたし自身の先入観がまったくの”杞憂”だったってこと。序盤のストーリー展開からして素晴らしく感心させられ、その後も続いて、シームレスに作物育成とアクション性を繋ぎとめている。ゲーミフィケーション的なシステムはストーリーの側面としても、実際のゲームエンターテインメントのメインの要素としても、ガチで優れている。演出面が優れていて、実は”泣けるゲーム”らしいっすね…

まぁ、エーデルワイスさんのような発足当初はかなりマイナーだった同人ゲームメーカがここまで完成度の高いゲームを作る時代になり、ましてやマーベラスのような立派な会社がガンガン支援してるってのには俄然驚いたってもんよ。本作のゲーム性が素晴らしいことは誰もが認めるところだが、制作サイドのリーチポイントとしても最高傑作の名に恥じないゲームといっていいのではないかな。

もともと、作物育成ゲームといえば、「アストロノーカ」は極めて有名なタイトル。「サクナヒメ」と単純に比較できるわけではないが、コンセプトは同じようなもんである。育成し、コンテストに出して買つ。害虫バブーやライバルを出し抜いて、宇宙一の野菜農家になる。そのあたりの繋ぎ方は、両者共通している点があるだろう。なにか生き物らしきもの、これを育てる。このコンセプトはゲームの界隈でもいい線行ってる。

思えば、世界観を自分で作り上げていく・自分の色合いにゲームを展開していくっていう『積極的創造性』というような感じはこの手のゲームどれにも当てはまる、すごく良いバイアスかかるシステムだと思う。なにかシミュレーションと照らし合わせて生物を育てるっちゅーのは、もともとその歴史も古い(たぶんITとの関係性は半世紀ぐらいはある)。それが、A-lifeに端を発する、「人工生命」という概念の発端である。一方でこの手のコンセプトと並行するIT技術の発展、特に古典的AI(ルールベースAI)から学習するAIへの進展は、必然だったように思う。「牧場物語」「Stardew Valley」加えて「Spore」に至る『ゲームの歴史』があるようにね。

おそらく、これらのゲームもAIブームに乗って、高度な人工知能を積んだ、新世代機の演算処理をフル活用するシリーズものに発展するだろう。「サクナヒメ」はその優れたストーリーや世界観も含め、当然のように続編が強く期待されるものになると感じてる。作物としても米以外のものを取り扱う、『第二のアストロノーカ』に発展するポテンシャルがあるとあたし自身は勝手に見てるし、そもそも本家「アストロノーカ」のほうだって20周年を迎えた今、”2”に期待がかかってる現状がある。

何か植生物、特に我々の生命線である『作物を育てる』という奥深い概念はそのリアルな側面と、昨今のIT技術(ソフト/ハード問わず)の性能革新と重なって、至極当然に新鮮さを与えてくれるゲーム要素になると思う。そもそも、作物を育て食べる…ということは衣食住のうちでも最も基本に忠実な、人間にとって最古までさかのぼれる文化だ。ゾンビとか恐竜とかを中心に扱ったゲームは昨今あまたあれど、そういう局所とは正反対に、「サクナヒメ」は文化的な生物のありかたを平和的に描いてる。”デジタルゲームにおいてもその文明性は、十数世紀経た現代でも根本的には同じだった(!)”

これが「サクナヒメ」の成功の最大の理由じゃあないかなぁって思うんよねぇ…