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コーディングを学校の必修科目にする理由

コーディングを学校の必修科目にする理由

経済学者の池田信夫がWSJのマーク・アンドリーセンの記事を参照しているのはその記事自体が古いものではあるものの、非常に興味深い事例であるし、現代性もある。彼は「ソフトウェアが世界を食う」というタイトルでこういう。

ムーアの法則によって処理・記憶能力が過剰になる時代には、ハードウェアを浪費してソフトウェアで機能を実現することが合理的になる。必要なのは、そこから価値を創造するイノベーションである。

アンドリーセンの意見は一貫しており、将来的にコーディングやその上層にあるソフトウェアの構築工程に関われなければ、デメリットが年収に強く響き、強く豊かな生活および産業を個人のみならず社会や国家に組み込むことが難しくなるというのである。これは我々が学校の授業でプログラミングを必修化するということの面たる理由付けである。

池田も言うようにアンドリーセンの主張を端的に表すと、「ソフトウェアを握るものが世界を握る」ということだ。ハードウェアは普遍的なものになる過程において、そのプレゼンスは必然的に下がる。プログラミングの概念を理解できるかどうかは子供の未来にまで関わっている。それは実用的な面からみてもコンセプチュアルな面からみても同じだ。すでにAIがプログラミングの下層工程には侵食し始めており、アメリカで一流校の学生に人気のある学習科目はいまやシステムエンジニアになるための意思決定、その基礎理論となるソフトウェアの設計構築、および統計学である。

ここに我々が学ぶべき点がある。アンドリーセンは学校の必修科目でコーディングの授業を取り入れるべきだと結論している。つまらない国語や歴史学に時間を割くのであれば、より若者の経済力への貢献のポテンシャルを伸ばすため、数学力と論理力およびプログラミング科目に特化し、ありとあらゆる教育範囲でこの傾向を擁護するべきだ。それはアンドリーセンがFBやHPといった経営の上層に関われるようになったきっかけがコーディングであったのと同様の論理なのである。

日本でも、医学者である山中伸弥が「プログラミングの授業は私のリプログラミング理論の基礎になった」と述懐していた。このようにコーディング技術や数学・統計学の持つ論理力の基礎となる土台は初等教育のはじめの段階で、すでにその導入が進んでいるインドの私立学校に倣って、日本でも学ばせるべきである。最近になってアンドリーセンはAIは絶対的には怖くないと、ATMと銀行窓口の併用の事例を挙げて述べている。

文章:池田信夫 blog : ソフトウェアが世界を食う http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51736663.htmlより引用

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