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原子力発電所事故(原発事故)をゲームの題材にするのは不謹慎なことなのか?

原子力発電所事故(原発事故)をゲームの題材にするのは不謹慎なことなのか?

発生当時の混乱、生々しく 福島第1原発事故から3年 Fukushima nuclear plant 3 years on
―このYouTubeの動画は共同通信によるものだがコメントは不許可になっている―

ファメも「S.T.A.L.K.E.R.2」関連のニュースをピックアップしてくれて、ゲヲログで伝えてくれているように、原子力事故を題材にしたゲームは欧米では決して珍しくはない。ソ連チェルノブイリ原発事故(正確に言うと今でいうウクライナのキエフで起きた)はいくつかのゲームの題材になっている。ファメの記事でもそれについてふつーに触れている。このゲームのことはよくわからんけれども、どうも設定上の”Zone”というエリアはチェルノブイリでの原発事故後に発生した異常発生状態、その地域のことを言うらしい。他にも、ファメにも教えてもらったが、Steamでは福島の事故をMOD化したものがこれまたふつーにフリーで流通しているという。原子力事故をこのようにネタにするのは不謹慎で悪いことなのだろうか?

例えば、「S.T.A.L.K.E.R.2」のデヴェロッパは実はウクライナになるしっかりとしたゲームソフトウェア会社らしい。そもそも自国で起きた大事故を一定程度ストーリーにプロットして、これをゲームの本軸の話にしちゃうあたり奇々怪々である、あるいは不謹慎である、という意見は確かに予想できる。ウクライナで起きた重大な原発事故、それも特定の統計学者や医学者によれば、ガン患者が今も増えているという主張も有力なような事故(学識者によってこの点では反論があるのはあたしも承知である)…これをエンターテインメントとして提供することに反論は一般的にあっていいはずだ。それでも欧米各国では、これを不謹慎と大きく問題視してとらえるスタンスはあまり存在感がない。つまり、あちらでは独創性・創造性があって、単なる不謹慎性だけで論じれないものは積極的に受け入れる風土があるのも事実だ。ここで本質的に問題になるのは、やはり”風刺や差別の定義”なのだろう。これは難しいが、おそらく、解決することは今後50年間は不可能だとあたしは思う。なぜか?

それは、人間が人間という体のハードウェアに縛られる限り、どんな価値判断や意思決定も、個人の自由と制約のはざまに存在するからだ。このように、自由とは、実は客観に介在する主観なのだ。だから、イスラム過激派の問題(いわゆるエヴド事件が思いつくだろう)・その他ヲタクに対する風当たりの強さみたいなものも起こる。つまり、原発事故という大惨事といえども、これに関する価値判断に関する限り、定義を優に超えた解決につながりうる事例にはなりえないのだ。正確に言えば、不謹慎かどうかは誰もが納得いくような判断ができない。和製ゲームだって、広島の原爆投下をゲームのネタにしているものは実はあった(それはあえてここでは紹介しない)。誰もが個人的な価値観を抱き、そこに主観を持ちながらも客観的になろうとするからこそ、議論は議論であり、議論は激しい討論なのである。

日本ですらいわゆる「不謹慎ゲーム」として、やばいネタを含んだフリーソフトがアングラに配布されているのが地下組織(笑)の間で地味に流行っているようだが、どうにも日本人にとってはこういったことは”不謹慎”で”大それてやっていいことでない”という共通の罪悪感があるというのも、また、事実であると思われる。欧米では「表現の自由」という権利が根強くあるので、大きく手に取ってみてもらうのもいいことなのだろう。ロスカル・ゴンのゲームはその最たる例の一番やりやすい、不謹慎というよりかは、”ネタ性”に徹したゲームだった。日本の場合はその価値判断が横型にフラットに働いており、不謹慎さに関するセンシティブな面は欧米よりもでかい。これは社会的な規律という概念につながる。日本人の民族性も考慮すれば、理解は示せる。ニュース番組内でそういった問題が(結果的にとは言えども…)提起されたこともあった(いわゆるぴーかん放送事件)。

他にも様々な事例が考えられる。例えば、有名なFPSである「F.E.A.R.」にはラストに原爆投下のシーンが垣間見えるし、メジャーな本格派シミュレーションである「Civilization」シリーズにだって原爆という技術開発の項目があるぐらいだ。似たようなもので日本発のものは「絶体絶命都市」シリーズだろう(地震を題材にしたことで、一時期事実上の発禁になってたとあたしも覚えてる)。これらをたどっていくとわかることだが、前述したとおり不謹慎さはやはり、風刺・差別の類の問題と非常に似通っている面があることは自然にある。当然、差別は良くないが、逆差別もまたよくない(池田信夫が言うように)。

そういった神経過敏のベクトルが働く力学の場であることを意識すれば、この難解な問に対する解もまた50年・半世紀分の年月が経てば…という条件付きで、見えてくるかもしれない。現状、あたしはそう思う。

※アイキャッチは福島第一原子力発電所事故 – Wikipediaより引用させていただきました。

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