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書評「ホッブズ――リヴァイアサンの哲学者 」

書評「ホッブズ――リヴァイアサンの哲学者 」

本書は非常に優れたホッブズ研究者による白眉である。例えば、ホッブズの功績や後世への影響力は「リヴァイアサン」のみではないことをしっかりと示している。「ビヒモス」など様々な著書があってこそホッブズの全体像に初めて迫ったといえるのにもかかわらず、多くの高等学校の学生などはこのことを失念してしまっている。

高等学校の教科書では、ホッブズは絶対王政を擁護したと書かれているが、はっきりってこの論理は間違いである。現代的なホッブズの解釈によればホッブズの功績は、ルソーにつながるように近代的な契約の概念の提唱にこそあり、民主主義的なプロセスの思想を後世にバトンタッチしたという点にこそある。絶対王政を擁護したのは、ホッブズの一部の著書の部分的内容のみによるものであり、決して偉大なキャリアすべてを通じて、王権を積極的かつ長期にわたって擁護したわけではないのだ。それは本書を読めばよくわかるし「リヴァイアサン」だけではなく、「ビヒモス」なども読んでいけばよくわかる。教科書が間違っているのだ。

このように定説だけを切り取って、部分的に学生に教育を施すこと自体に無理がある。例えば、経済学者の池田は、かのマックス・ウェーバーによる社会学の名著”プロ倫”には事実誤認が多く誤解を多く生んでしまっていると何度も指摘している。これとほぼ同じ構図がホッブズについてもいえる。センター試験ではホッブズが絶対王政を擁護したと書かなければ、合格はもらえないだろう。有力な説のうちのもう一つ、民主主義的なプロセスの思想・そのバトンをつなげた功績の部分は無視しないと、大学受験では落とされてしまうわけだ。これはどう考えてもおかしい。数学で例えれば、微分方程式を写像を使って代数学的に解いたらペケにされるのと同じ論理だ。より高度なことを知っているのにも関わらず、その点だけ丁寧に無視されているのではことの論理が合わないはずだ。

そういった、ホッブズに対する誤解を払しょくする…という目的で書かれている本である点において、本書は実に素晴らしい書である。ただ、強く違和感を覚える部分がある。それが後半部に出てくる著者田中による「武装放棄」の点である。

確かに”常備軍は将来的に廃止されなければならない”と、「永遠平和のために」にてカントは述べているが、それは大局的な将来のことについてであって、現状の世界がバランス・オブ・パワーの理念に沿って存在していることも同時に忘れてはならない。解釈改憲については反対派への理解をまだ示せるが、”一切の武装を放棄する以外ない”だとか”核戦争の危機が迫っている”だとか、現実から大きく乖離した、夢想論を言うのは納得ができない。さらに、ヴァイマール体制の崩壊の様相と現代の安倍政権とでは単純に比較はできないと思う。ヴァイマール体制の崩壊は、第一次世界大戦において多くの戦勝国が、敗戦国であるドイツに多額の賠償金を押し付けたことが間接的な要因である。さらに、ナチの台頭は、ヴァイマール憲法の民主的すぎるプロセスから、”少数政党出身”の共産党とナチのうねりを生んでしまったからだ…という理由付けもしっかりとある。このことを鑑みると、ナチスドイツの党首ヒトラーと、現代の日本の民主的なプロセスにより選出された安倍を単純に比較することはできない。”妙に似ている”だけでは安倍に対する批判にはなりえないのは明らかだ。批判するのであれば、どこが似ていてどこにその批判の真なる意味があるのかをはっきりとさせてから、安倍を批判するべきだ。

”戦争で死ぬ人よりもパンデミックで死ぬであろう人のほうが多くなる可能性がある”と、MS創業者ビル・ゲイツもCOVID-19の流行以前から述べていたが、まさに現実はその通りになった。エマニュエル・トッドが立証しているように、世界レベルで見れば第三国圏でも識字率が上がり受胎調整が進んできている。戦争による世界破滅という絶望感だけに取り込まれるのは、”平和”の本質を得ていない。そういう意味で、リアリストになり切れなかったのは著者の悪い点であるが、そことホッブズの思想・影響の詳解とで切り離して考えられるのであれば、ホッブズ解説の書として本書は第一級の著作であるように感じた。

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