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私の考える社会人博士号への道のり

私の考える社会人博士号への道のり

JAIST社会人進学:挫折と劣等感の先にあった社会人学生という選択|Shoko Aniie Kimura|note

周知のとおり、実験を伴う博士号はかなり時間を要する。よくブラック研究室という言葉も聞くが、これは工夫がない・計画性がないからその結果再帰的にそうなってしまったというケースもまた多いのではないか?

例えば、冒頭のかたが通っていたよう東京にはJAISTの社会人向けキャンパスがあるし、埼玉大学や法政大学の社会人博士号向けのキャンパスもある。私自身、研究室に多くのメールを送ってきたが、やはりフルタイムが必須条件との回答が多かった。であるのならば、自分で計画を練って、社会人博士課程に行くというのも選択肢のうちの一つだろう。働きながら勉強するのは苦労するだろうが、工夫次第でそれらは諦めなければ乗り越えられる壁なはずだ。

例えば、汎用性の高い、プログラミングや統計学の大学院に通ったり、あるいはバイオ系でもin vivo in vitroのみならず、in silicoの研究室を抱える大学院も多くある。建築系であったとしても、それは同じで、シミュレーションベースの研究がしっかりできるところも都内に多くあるだろう。ただ、反論も考えられる。例えば、マネジメントやソフトウェアに徹しているだとか、ハードウェアを軽視し、実利的な研究は不可能ではないか?というものがあるだろう。たしかに指摘されてみれば、プログラム・統計学・バイオインフォマティクスといった、抽象的な学術について、深堀があまりできないのでは?という疑問はあるやもしれない。ただし、話は単純だ。ここで諦めずに多く我々が市井のレベルでも実践できることをよくよく考えてみればいいわけだ。

例えば、冒頭部のリンクのようにJASITの社会人大学院での博士号取得者の中にアートメディアやロボティクスといったものとコネクトする分野の実践話もネット上に転がっているし、こうした姿勢に学ぶべき点はあまりに多い。むしろ、こういった「自分の勉強は自分でする」「自分の研究計画は自分で実践する」といった姿勢がなければ、たとえ、フルタイムの課程博士で博士号を得ても、意味がないだろう。「博士号というものはとらなければ気持ち悪いが、とっただけでは意味がない」という講釈は世の院生ならばみなが知っている有名な言葉だ。当たり前のことだがたしかに難しい…「自分のことは自分でやる」。そして工夫という主張はなにもこれにこだわらない。例えば、政治経済であってもシミュレーションを組むとか、マーケティングモデルを組むということは独学のプログラムで十分習得可能であり、またハードウェアについてみてみても、学校の全体もしくは個々のレベルの取り組みに勝手に参画するという対応が十分可能である。

例えば、私が統計学を背景にしてマネジメント系の大学院に入ったとする。その後、”足りない頭”ハードウェアの部分は自分で開拓すればいいだけだ。学校が主催するロボットコンテストに、機械系サークルに、あるいはレースコンペティションに時間の合間を縫って積極的にチャレンジしてはどうか?(多少抽象度は増すが、分野が違ってもいい…数学サークルや学術団体を利用するのも基礎研究分野の社会人課程での手のうちの一つだろう…)多くの発明がそうであったように機械や電気電子系の発明の発想は独学でなされたものだ。発明家はいつの世でもエキセントリックで変人が多いといわれる。誤解を承知で言えば、孫氏が兵法で述べるように「工夫して多少変なことをしなければ勝てない」という論理もある。ドラゴンボールの世界で例えれば、確かにベジータがセルに単独で戦いを挑んで勝つことは到底不可能だろう。だが、ベジータが孫悟飯と組むことで、セルに勝つことは可能だ。前者よりも後者のほうが格段に勝率は上がるのだ。これは子供心には誰もが思ったことがある論理だが、大人になると多くのひとが忘れてしまう論理でもある。

そして、なにも社会人博士課程を目指すこの姿勢のメリットは、そういった自主性に頼むところだけでなく、将来設計としても十分考えられる。なぜかというと労働しながら、博士号を目指すことは、学費の分を自分で稼ぎながら、学ぶことができるということだからだ。奨学金だけで学校に通う選択肢もあるが、金銭的に難があるという話も多く聞く。博士号を取得したほうがいいという中でも、選択肢はフルタイムで研究にいそしむだけではない。職場の問題解決策のために、研究の側面を応用するというメリットまで考えられる。これは実利的な考え方だ。

とにかくうまく手を考え、工夫し、積極的に既存システムを利用することが重要だ。これによって、大きなパテントを得る可能性もある。たしかに、基礎研究では劣ってしまうかもしれないし、それが日本の弱さだという批判は私も重々承知している。ただし、相変わらず応用研究で実利を追い求めることもいまだ重要な手の内の一つなのではないだろうか?環境問題を解決できる手は人口光合成だけではない。核融合技術もレーザ方式のミクロから、カマ式のマクロの手法まで多く手は存在することがよく物理系のひとの話では知られている。コンピュータに強いのはなぜかいつの時代いつの世でも物理系のひとであって数学系の人ではなかったことも有名な話だ。

なんにせよ、チャレンジして失敗しても諦めない姿勢を心がけるのは、いつ何時でも極めて重要で貴重な体験になるものだ。

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