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なぜ戦国時代における戦時には略奪が横行していたのか?

なぜ戦国時代における戦時には略奪が横行していたのか?

理由はいくつかあるが、一番大きいのが、「補給路」が当時なかったということである。これはナポレオンの登場まで、まったく人類が進歩しなかった「変わらない悲劇」であったということが、本書では端的に示されている。読者の方に考えてもらいたいことは、すくなくとも中世から近代にかけて、なぜあれほどまで凄惨な悲劇が過去の戦争では繰り返されてきたのか、という純粋な疑問だ。無実の平民をいたずらに殺めることは明らかに非人道的であるはずだが、中世までの戦争は”略奪すること”で物資や食料を得て成り立ってきた。

ナポレオンの発明として一番有名なもので、現代にも通じているものが、「保存食の発明」である。本来、軍隊を運用するにあたっては人道的見地からして「村や町からの略奪」に頼りきるものではないべきである。そして、戦争の本質とは「補給路」を中軸とした「補給の戦争」すなわち「補給戦」である、とクレフェルトは本書で説く。ナポレオンによる瓶詰という保存食の発明、これ以降軍隊の運用向けの補給路がしっかりと形成されるに至ったが、それまでは「戦争における略奪や悪行」は常識的なもの(むろん現代戦争では国際条約で禁じられていることだが…)であった。

むしろ、その発明間もないナポレオンの時代においても補給路の形成・構築は万全ではなく、ロシアとの戦争「祖国戦争(ロシア遠征)」にナポレオンが敗れたのもその補給の欠乏があったからというのが一因である。話はうって変わるが、「クレムリン」という言葉がロシアにはある(おそらく読者も多くが知っているようにロシアの首都にある大統領府の周辺地域のことだと思っている方も多いことだろう)…これはロシア語で「要塞」を意味する。最終的な要塞、すなわち大統領府などの重要施設がモスクワにあるのである。そこに至るまでには広大で頑強なクレムリン(要塞)が多くあり、それらを守るためにいくつもの都市を形成していたのが、当時のロシアという国家である。すなわち「要塞」が多く続き、その最後の砦が「最終的な要塞」すなわち”クレムリン=モスクワの中枢地域”なのである。この物理的で頑強な障壁は、現代においても広大な国土を誇る強力な大祖国(プーチン曰く)ロシアの国力を示す一因となっている。

そして、ロシアが対ナポレオン戦争にてとった戦術はナポレオン軍の補給路を断つという作戦であった。つまり、当時ロシア軍は補給路を断つために「焦土作戦」という手法をとったのである。「焦土作戦」とは、自らの治める、数ある町や城下を故意に焼き払うことでなされる。それにより、そこからの物資補給調達のためのあらゆる手段を相手から取っ払ってしまうという意味合いがあるわけだ。自分の町を焼き払ってから退却することで、相手方の戦力を確実に疲弊させ、最終的な戦闘で勝利するという作戦をロシア軍は採用した。陸上戦、特に大砲戦で当時世界最強を誇ったナポレオン軍は極寒の中、撤退を余儀なくされた(絵はロシアの画家:ヴァシリー・ヴェレシチャーギンによるもの:パブリックドメイン)。

ナポレオンの保存食発明によってもこれは容易に克服できることでなく、ロシアの広大な領土を攻め入ること、またその過酷な寒さという自然環境にさいなまれたこともあり、戦力をいたずらに疲弊・消耗させていった。ロシア軍はこの古典的な戦争の手法で祖国を守った。これこそがナポレオンに勝利できた作戦の”残酷な中身”であったのだ。

これは基本的には日本の中世における戦争でも同じである。当時の日本の戦(いくさ)においても、補給路の形成は簡単に成し遂げられるものではなかった。ゆえに戦国時代の戦時においては、農民は基本的にとれる策として、民兵になるか、領地を手放して逃げるか、どちらかをとるという最悪なふたつの選択肢しかなかったのである。

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